【佐藤洋一郎・馬に曳かれて半世紀(26)】ラムタラを疎外した「プライドと偏見」



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【佐藤洋一郎・馬に曳かれて半世紀(26)】ラムタラを疎外した「プライドと偏見」《今週からどなたでも閲覧可》



ラムタラ



 すでに明治大学を名誉教授として退官した寺島善一は、人を引き寄せ結びつける不思議なパワーを持っていた。強い好奇心と記憶力、反射的に行動する瞬発力などが躊躇(ちゅうちょ)なく発散、発揮される源泉は奉仕、サービス精神ではないかと思わせるくらいに人なつこく、献身的でもある。寺島によってニューマーケットでの研修、修行に送り出されたオーナーブリーダーや調教師などの子弟や現役の騎手は多いし、逆に寺島にサポートされてJRAでの騎乗を実現させた外国人騎手もいる。そうした内外の騎手やホースマンを結びつけ、親しくさせるすべをも心得ている。年度は忘れたが、ジャパンCに再来日したクライヴ・ブリテン調教師を囲んでのリユニオン(同窓会)を企画し、後藤浩輝(故人)、谷川貴英、久保田貴士、梅田智之…とともに、記者も招かれた。こうした繋がりもあって、2015年桜花賞で梅田が調教していたレッツゴードンキの◎をマルドン【◎】に昇格させて快挙! というここだけの内緒話もある。

 寺島教授から突然、「明治のテラジマといいます」という電話をもらったときにはびっくりした。記者が4年間勤務した駿河台『明高』の母校の、面識もなかった先生がなぜ?

 「サンスポの競馬予想ずっと読んでます。事務所の磯(記者の上司)さんにも教えました。会いたいと言ってますよ…」 

 都立高校の商業科から早稲田と明治(就職)の両方を受け、ワセダがだめならメイジと決めていたのが両方受かってしまい、仕方なく(貧乏だったので)大学を二部に変更して昼はメイジ、夜はワセダという二重通学(?)となった。そんな事情もすべて知っていた寺島によって、一介のダンゴ打ち、予想屋の目が世界、とくにヨーロッパにも向けられた。イギリス競馬の事情、現状は飲み会などでも話題になったし、そんなアフター競馬の酒宴に案内した西船橋『百花亭』の長男がなんと、寺島の教え子だった。

 「キム(金)君、知ってますとも。ボクのゼミを受講したんですから。いやあ、不思議な縁ですねえ」


 「ええェ~!!」というマスター(父親)の驚愕唖然の表情をいまでも思い出す。サンスポ紙上の読者予想コンクール「佐藤洋一郎に挑戦」の5、6代目のチャンピオンだった羽根木適(船橋・鬼高在住)にはじめて連れてこられた当時の百花亭は、かつてのイギリス競馬がそうだったようにネヴァーオンサンデー、日曜日はホリデイだった。何度か通ううちにマスターに提言(競馬ファンはリピーターになりますよ)して“日曜開催”になったからこそ、教授とその教え子の劇的再会も実現した。馬は友を呼ぶ、だけでなく、師も弟も呼び戻す。その縁結びのカムイ(神威)テラジマがまだ水面下にいたころ、神馬ラムタラが史上初の日曜ダービーを超レコードで飛翔した。走破タイムはエプソムのコースレコードでもあった。さらにキングジョージ、アーク(凱旋門賞)をも勝ち貫いて、ミルリーフ以来のヨーロッパ三大競走の覇者となった奇跡の馬がなんと年度代表馬(カルティエ賞)の座を、アイルランド人オーナーのリッジウッドパールに奪われてしまった。その理不尽な推薦内容については各方面から論評されたが、日曜開催を議会から勝ち取ったBHB(イギリス競馬委員会)は「ラムタラが勝った3つのレースはトップクラスの馬が出走しておらず、したがって着差を考えると、ラムタラを最高にランクすることはできない」と公表した。しかし世論の多くは英国競馬界にも急台頭してきたオイルマネー、ドバイのマクトゥーム一族への警戒、嫉妬、反感がその背景に渦巻いているーと指摘していた。


 そうした「お国の事情」のようなものを想定しつつ、かつて「ジャパンCの顔」の一人だった典型的なジョンブル、“英国の巨泉”と愛称されたジョン・マクリリックの巨体と風貌、なによりも痛烈、苛烈な口激を思い出した。なぜこの名馬を、名もない日本騎手(地方競馬の)に乗り替えるのだ! と烈火のごとく怒り狂い、内外記者懇親予想会では、おとなしいフランス人記者をつかまえて、敵国(だった)フランス馬をけちょんけちょんにこき下ろす。厚手の帽子をかぶった米国大統領トランプが、マントのような上着をひるがえして音吐朗々と持論を開陳する。そんな感じのユーモラス・巨泉は憎めなかったが、ナショナリズムむき出しのジョンブル魂のようなものが、他所者(よそもの)、アウトサイダーのラムタラを疎外したのにちがいないという確信は芽生えた。古き良き大英帝国時代に育まれた『自負と偏見』(Pride and Prejudice)が、今もなおジョンブルにはくすぶっている。ジェーン・オースティンの同名長編小説は大昔に読んで、その内容は忘れているが、タイトルのプライド(高慢という訳もあった)とプレジュデイスだけは銘記している。この対立は英国史の宿命なのかもしれないが、今しがたテレビで1年後の3月に迫ったがブレグジット(EU離脱)にかかわる英国(ロンドン)の現状、動きをとらえているのを見た。ビール大国のロンドンで日本食とそれに合ったビールが注目され、二つ★(料理で)をとるようなパブも出ているという。まさか、あのエサやカイバどころかオツマミさえなかった177×年創業のパブが?!




佐藤洋一郎(さとう・よういちろう)

 サンケイスポーツ記者。早大中退後、様々な職を転々とするなかサンスポの読者予想コンテストで優勝。71年にエイトの創刊要員として産経新聞社へ。サンスポの駆け出し記者時代に大橋巨泉の番記者に抜擢されたのが大きな転機に。季節・馬場・展開の3要素を予想に取り入れ数々の万馬券をヒットさせ、鬼才と呼ばれる。